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神戸地方裁判所 昭和48年(行ウ)34号 判決

原告 山田学

被告 神戸東労働基準監督署長

主文

被告が原告に対してなした昭和四六年一二月一五日付労働者災害補償保険法による療養補償給付を支給しない旨の処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告)

主文同旨の判決。

(被告)

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

(請求原因)

一、原告は、訴外川崎製鉄株式会社葺合工場に起重機運転手として勤務していたが、昭和四二年一月一三日午前七時頃同工場内において、クレーンのワイヤーロープの取替作業を行うため、ロープを取りに点検台上に行き、そこからロープをもつてクレーンに帰ろうとしたとき、点検台上高さ約七メートルのところから足を踏みはずし地上に転落した。

右事故(以下本件事故という)により、原告は、頭部挫創、耳介後部挫創、右手指挫創、右大腿部挫創等の傷害を蒙り、前同日より神鋼病院に入院加療したが、昭和四二年五月八日、右肩および頸部の疼痛、肩関節の運動制限を残して一応治ゆ(症状固定)したものとされた。

二、その後原告は、昭和四四年一月頃から頸や右肩に痛みを感じ治療を受けていたが、昭和四六年九月頃からますますその症状が激しくなり、就労も困難な状態に至つたので、同年九月一一日被告に対し、前記傷病の再発による療養費についての療養補償給付の請求をしたところ、被告は昭和四六年一二月一五日付でこれを支給しない旨の処分(以下本件処分という)をした。

三、被告は、本件処分の理由として、「現症については昭和四二年一月一三日の業務上負傷によるものとは認め難く、また再発として認めるべき症状に乏しい」というが、現症のよつてきたる原因は本件事故による受傷以外には考えられず、また医学上も現症は右負傷の後遺症ないし再発と考えるべき根拠がある。

従つて、本件処分は事実誤認に基づく違法なものであるから、その取消を求めるため本訴におよんだ。

四、原告は本件処分につき、審査請求をしてそれが棄却された後、労働保険審査会に対して再審査請求していたが、同会は昭和四八年七月八日付をもつて右再審査請求を棄却する旨の裁決をなし、同裁決は同月二一日原告に送達された。

(右に対する被告の答弁)

一、請求原因一項中「一応」とある点をのぞき認める。

なお原告が神鋼病院に入院したのは昭和四二年一月一三日から同年二月一一日までである。

同二項中、原告が療養補償給付の請求をし、被告が昭和四六年一二月一五日付でこれにつき不支給処分をしたことは認め、その余は不知。

右請求は同年一二月一三日である。

同三項中、被告の本件処分の理由は原告主張のとおりであることは認め、その余は争う。

同四項は認める。但し、再審査請求に対する裁決は昭和四八年六月三〇日付である。

(被告の主張)

一、本件処分の経過と適法性について

(一)、原告はその主張にかかる本件事故により、頭部挫創、耳介後部挫創、右手指挫創、右大腿部挫創等の傷病名のもとに、昭和四二年一月一三日以降同年二月一一日まで神鋼病院に入院加療し、その後は通院加療した結果、同年五月八日「右肩および頸部の疼痛、肩関節の運動制限」の障害を残して治ゆしたもので、これらの残存障害に対しては同年六月六日原告からの障害補償給付の請求により、調査の結果被告は、労働者災害補償保険法施行規則別表第一に定める障害等級第一四級の九に該当するとして、原告に対し同等級相当の障害補償給付をする旨の処分をなし、同年八月一一日支払を了した。

(二)、その後原告は、昭和四六年九月一一日より東神戸病院において頭頸部外傷後遺症の傷病名で治療を受けていたが、この傷病が本件事故による業務上負傷による傷病の再発であるとして同日分の治療費について同年一二月一三日被告に対し、頭頸部外傷後遺症の傷病名で療養補償給付たる療養の費用を請求した。

被告は、原告からの右請求につき、これに先立ち原告から提出された「現症までの疾病経過報告書(以下症病経過報告書という)」中医師の意見欄記載にかかる東神戸病院医師飾森望の意見および現症の主治医としての同医師の意見書、兵庫労働基準局医員医師伊藤友正の意見書、原告の障害認定に関与した兵庫労働基準局医員、医師折原正美の意見等の各医証を参考にし、かつ昭和四四年一月の医師大城力造の意見書をも総合して判断した結果、原告の現症は、本件事故による業務上負傷によるものとは認め難く、また再発として認めるべき症状に乏しく、一般的疾病であると判断されたので、本件処分に及んだものである。

(三)、被告が原告の現症を再発と認めなかつた理由は、次のとおりである。

1 再発とは、負傷または疾病にかかり、その負傷または疾病が一旦治ゆ、すなわち症状が固定し、もはやそれ以上治療を続けても医療効果が期待し得ない状態になつたとされた者について、数カ月後または数年後に旧傷病との間に因果関係が認められる傷病が発生したときをいうのであり、ある傷病がすでに治ゆした旧傷病の再発であると認められるためには、(1)治ゆ後安定していた症状が増悪したこと、(2)治療を加えることによつて医療効果が十分期待できる状態に変化したこと、(3)旧傷病との間に医学上の因果関係が認められること、の三要件を充足するものでなければならない。

2 ところが原告の現症は右に述べた三要件をいずれも充足しておらない。

イ、まず、原告の現症は症状固定時の状態に比し症状が増悪していない。

すなわち原告は、前記の如く、昭和四二年五月八日「右肩および頸部の疼痛、肩関節の運動制限」の障害を残して治ゆしたもので、これらの残存障害に対しては前記の如く障害等級第一四級相当額の障害補償給付がなされているのであるが、現症は一進一退を経つつもその後一貫して継続しているものであり、右疼痛、肩関節の運動制限は、仮に持続しているとしても、前記障害補償によつて償われており、前記障害等級第一四級に包含せられるべき症状の域を出るものではない。

更に、原告の勤務する川崎製鉄葺合工場の診療所における相談記録によつても、症状の増悪は認められないばかりかむしろ治ゆ後加えられていた原告に対する就業制限も漸次解除の方向にさえ向つていることが認められるのであつて、再発と認めるべき症状の増悪はない。

ロ、次に、原告の現症は治療を加えても医療効果が十分に期待し得ない。

いうまでもなく医療効果を期待し得る治療とは、単に残存障害に対する対症療法、たとえば痛みを残して治ゆとされた傷病につき何らかの治療を加えることにより、ある程度の痛みを軽減し得るといつたような場合の治療をさすものではないことは治ゆの定義に照らして明らかであり、故に、単に自然経過中における疾病の変化に対する治療と医学的に明らかな医療効果を期待できる治療とは区別されなければならず、労災法上治療により医療効果が期待できる場合の治療とは後者を指し示すものである。

この点で原告の現症は、治ゆ時より一貫して訴えられている症状に対し、対症療法を中心とした極超短波等の物療的処置により多少の改善の余地は認められても、むしろ完全な治ゆは望み得ない状態であり、本件では医療効果が期待できるという定義にあてはまらないものである。

ハ、更に、原告の現症と治ゆと認定された旧傷病との間の医学上の因果関係についても、これを認めるべき積極的な根拠が存在しない。

ところで右因果関係が認められるためには、他に発病の動機がないなどの消極的な理由だけでなく、積極的に業務上の事故による旧傷病と、新に発生した傷病との間に医学上の相当因果関係が存在することが証明されなければならない。

原告が引用する腰痛の業務上外認定についての労働省通達は、業務上の腰痛の特殊性、すなわち腰痛は人体構造上からも非常に再発しやすいことから、非常に短期間内(通達では一年以内)に再発し、かつ他に明らかな原因がない場合に限つて労災法上の再発を認めるものとするもので、右通達自体も基本的には旧傷病との因果関係を不問としているものではなく、まして労災法上の因果関係認定の一般原則を宣言したものではない。

本件においては、原告の現症と本件事故による受傷との間については、前記医師折原正美、同伊藤友正の意見にもあるとおり、因果関係を認める根拠に乏しいのみならず、とくにレ線写真に異常なくまた殆んど他覚的に異常所見のないこと、更に年令等から考えて、他に私病的要素を持つ原因を求めるのが相当であるとする推定すら存在するものであつて、原告主張の如く他に明らかな事由が存在しない場合の該当性すら疑問の存するところである。

なお、原告は昭和四四年一月二四日右上腕二頭筋腱炎との診断を受けているが、右傷病は一般にいわゆる五〇肩と称されるもので、外傷に起因して発生する症状ではない。

(四)、右にのべてきたとおり、原告の現症は、いずれの点からも旧傷病の再発とはいえず、従つて再発を認めないとしてなした被告の本件処分は適法であつてこれを取消すべき理由は全く存しない。

(右に対する原告の主張)

一、本件処分は事実調査に基づかない処分である。

本件処分は、もつぱら労災医員である医師伊藤友正の意見に基づいてなされていたものであるところ、同医師は、本件が頭頸部外傷後遺症による療養補償給付の請求であるのに、頭部外傷II型の傷害が当初あつたことを全く見落した上で、すなわち症病経過報告書(乙第三号証)記載の診断名「右肋骨骨折、右肩鎖関節脱臼」のみをみて、原告本人の診察はおろか従前のカルテ、障害補償費調査復命書(乙第六号証)のような調査書類すらみずに、かかる傷病名から現症が起ることは考えられないと軽々に判断し意見書を作成したものである。

なおレ線写真に変化が認められないことは必ずしも頭頸部外傷後遺症の存在を否定する根拠とならない。

右のとおり、本件処分は必要かつ十分な事実調査に基づくものではなく、いわば審理不尽の違法があること明白である。

二、再発と認めるべき理由について

(一)、治ゆと再発について

労災保険法上の「治ゆ」とは、解釈例規によれば、負傷においては創面がゆ着し症状が固定してそれ以上医療効果が期待できなくなつた場合をいい、疾病においては急性症状が消退し慢性症状は継続しているが一般的にそれ以上治療効果が期待できなくなつた場合をいう(昭和二七・八・六基災収二四〇二)。

従つて法律上「治ゆ」とみなされ、あるいは障害補償を受けたとしても、その後安定していた症状が悪化し、療養を加えなければならない場合には、当初の業務上傷病の継続として補償の対象とされるのであり、これを再発といつている。

再発とは、要するに業務上傷病の連続であつて、独立した別個の負傷または疾病ではないから、引続き補償が行われるべきものであり、被告主張の如き、「積極的に医学上の相当因果関係が存在することが証明される」ことその他の同主張の要件が必要とされる法律上の根拠は何もない。

原告は、業務上の傷病が一たん治ゆした後、他に明らかな原因がなく増悪した場合には、再発として労災補償給付を行うのが正しい取扱いと考える。

その理由は、第一に、労災保険制度の生活保障的性格からみても、再発の場合とくに支給要件を厳格にしぼる必要は認められないし、第二に、再発は新たに発生したものと異り、原因は治ゆ以前にあり、治ゆ後明らかな原因がなく発生するからこそ再発なのである。従つて他に原因があり再発でないという側に立証責任があると考えるのが合理的である。

次に、再発に関しての行政解釈の実例として、腰痛の業務上外認定についての労働省通達「昭四三・三・二一基発第七三号」があり、これに、

「4、再発

業務上の腰痛が、その後他に明らかな原因がなく再発した場合には、従前の疾病の継続として取り扱われる………云々」

とある。

右通達は、特殊腰痛にのみ妥当するものではなく、本件の如き頭頸部外傷のケースの判断に当つても参考にされるべきである。

ちなみに、「頭頸部外傷症候群の労働災害被災者に対する特別対策の実施について」と題する行政通達「昭四八・一一・五基発第五九三号」も治ゆ後の再発の可能性の大きいことを指摘している。

(二)、本件が再発に当ることについて

(1)、増悪

頭頸部外傷の受傷者が、一旦治ゆ認定後再び症状を悪化させる例が多くみられることは文献上明らかである。

そして原告の治ゆ中認定後の症状は、右肩、右小指にしびれ感、痛み、悪天候時の頭重感があつたが、一応労務に服しても可能と診断され、事実曲りなりにも出勤を続けていたところ、約一年半位経て徐々に症状が悪化し、旭診療所、神鋼病院、佐古外科に通うようになり、昭和四六年九月当時においては、頭痛、頸、肩、腕のしびれ、痛みが著しい、筋肉の硬結、耳鳴り、聴音障害ありという状態で、とうてい労務に服することができなくなつた。

このため原告は、昭和四四年九月一九日から約半月ほど休業したこともあつたが、昭和四六年九月一一日から昭和四七年七月三一日までの間休業して加療に専念せざるを得なくなつた。

以上の経過からみて、同質の傷病が増悪した要件は完全に満たしており、治ゆ認定後再び治療を要する状態となつたのである。

(2)、また右増悪の原因として他に何ら明らかな原因が存在しない。

(3)、治療効果

一般に頭頸部外傷後遺症の治療が困難であることは知られているが、治療効果が上らないといつて再発を否定する根拠にはならない。

本件においては、原告に治療をした医師飾森望の努力によつて十分な治療効果が上つている。

第三立証〈省略〉

理由

一、請求原因一項の事実は、治ゆが一応のものであるかは別として当事者間に争いはない。

二、原告が被告に対し、本件事故による傷病の再発による療養補償の請求をし、被告が昭和四六年一二月一五日付で、原告主張のとおりの理由で本件処分をしたこと、原告が本件処分につき、労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をし、これが棄却されたので労働保険審査会に対し再審査の請求をしたところ、同会は右再審査請求を棄却する旨の裁決をし、同裁決が昭和四八年七月二一日原告に送達されたこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証、乙第二号証、同第一二、一三号証によると、原告の右療養補償給付の請求は昭和四六年一二月一三日付で同年九月一一日分の療養費九九四円につきなされ、右審査請求は同年一二月一八日付で、右審査請求棄却の決定は昭和四七年六月五日付で、右再審査請求は同年七月八日付で、右再審査請求棄却の裁決は昭和四八年六月三〇日付で、それぞれなされたものであることが認められる。

三、前掲甲第三号証、同乙第二号証、成立に争いのない乙第一、第三号証、同第六号証、証人有田輝久の証言により真正に成立したと認められる甲第二号証の一、原告本人尋問の結果とこれにより真正に成立したと認められる甲第一二号証によると、次の事実が認められる。

原告は、本件事故により前記頭部挫創等のほか、右肋骨々折、右肩鎖関節脱臼の傷害をも受けたのであるが、これらの傷害のため昭和四二年一月一三日より同年二月一二日まで神鋼病院で入院加療し、その後は同年四月初め頃まで通院加療した結果、同年五月八日、右肩および頸部の疼痛、階段の昇降に右股関節に力が入らない、肩関節の運動制限、悪天候時の頭痛等の後遺障害を残して治ゆ(症状固定、以下同じ)と認定され(どのような理由からかは詳らかでないが、当時神鋼病院医師荻原一輝が作成した乙第二号証診断書の傷病名および障害の部位欄には、右肋骨々折、右肩鎖関節脱臼との記載のみがあり、頭部挫創、耳介後部挫創等の記載がない)、同年六月六日被告に対し障害補償給付の請求をし、被告は原告の残存障害につき労働事務官西垣道生作成の障害補償費調査復命書(乙第六号証)等を資料として労働者災害補償保険法施行規則別表第一に定める障害等級第一四級の九に該当するとして原告に対し、同等級相当額の障害補償給付をする旨の処分をし、同年八月一一日その支給を了した。

右乙第六号証に現われた後遺障害の状況の要旨は、次のとおりである。まず、自訴としては「右肩の運動障害がある。右肩より肘の外側にしびれ感がある。右小指が完全に伸びない、またしびれ感がある。右大腿に瘢痕があり階段等の昇降が困難である。悪天候に頭重感がある」との記載があり、次に肩関節、小指第一指関節の関節機能測定値の記載および頸椎、腰椎、股関節の運動は正常である旨の記載があり、次に既存の障害はない旨の記載があり、次にX線所見として、右第九肋骨、右肩鎖関節に変形が認められない旨の記載があり、次に昭和四二年七月二〇日付折原医師の意見書の抜すいとして「右肩関節の運動が軽度制限される。機能障害には該当しない。肩峰鎖骨関節部には変形なく、レ線写真でも異常を認めない。一四級の九」との記載があり、また西垣事務官の意見として「右肩関節には軽度の運動制限を認めるが、等級非該当。肩鎖骨関節部には裸体上異常なく、レ線上も明らかな脱臼を認めない。軽度の運動障害と自訴により、一四級の九程度が妥当。神経症状等の残存について自訴なく、医学的にも証明されない、非該当。右小指に伸展障害があるが、等級非該当。自訴にかかる右小指の知覚鈍麻については医学的に証明があり、一四級の九該当。右大腿部につき筋力低下の証明があり、一四級の九該当。以上により本件は一四級に該当」なる旨の記載がある。すなわち「頭重感」の自訴がありながら、頸部組織の損傷についての疑い、調査について十分の配慮がなされたことに関する記載を欠く。

その後原告は、昭和四六年九月一一日より東神戸病院において頭頸外傷後遺症の傷病名で治療を受けていたが、右傷病が本件事故による傷病の再発であるとして同月一一日分の治療について、同年一二月一五日前記の如く被告に対し療養補償給付たる療養の費用の請求をしたものであり、被告は原告主張の如き理由で本件処分をなしたものである。

以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

四、そこで、原告の昭和四六年九月一一日以降の傷病(以下本件現症という)が本件事故による傷病の再発といえるかを検討する。

(一)  ところで労働者災害補償保険法(以下労災保険法という)一二条で定められる療養補償給付が行われるのは、労働基準法七五条の事由が生じた場合、すなわち、労働者が業務上負傷しまたは疾病にかかつた場合(同法七五条I)であり、一旦治ゆと認定された場合も業務上負傷または疾病の再発があれば、右再発も当然労災保険の給付対象となるのであるが、ここに再発とは、一旦治ゆ(治ゆとは、負傷の場合は創面がゆ着しその症状が安定して医療効果が期待できなくなつたとき、疾病の場合は急性症状がおさまり、なお慢性症状が残つていても、その症状が安定して医療効果が期待し得ない状態になつたときのことをいうものと解される。)とされた者について、その後にその傷病との間に医学上の因果関係が認められる傷病が発生したときをいうものであり、労災保険法による療養補償給付を得るためには、再発が治ゆによつて一旦消滅した労災保険法上の療養補償給付義務を再び発生させるものである以上および前記治ゆの定義からみて、1、現傷病と業務上の傷病である旧傷病との間に医学上の相当因果関係が存在し、2、治ゆ時の症状に比し現傷病の症状が増悪しており、3、かつ治療効果が期待できるものでなければならず、かつこれをもつて足ると解するのが相当である。

また、右再発の要件1の存否については、労災保険法が労働者の業務上の傷病等につき「迅速かつ公正な保護(同法第一条)」を目的としている点、および、再発が業務上の傷病の連続であり、独立した別個の負傷または疾病でない点に照らすと、旧傷病が現傷病の一原因となつておりかつそれが医学上相当程度有力な原因であることが認められれば足るものと解する。

被告は、積極的に、業務上の旧傷病と新たに発生した傷病との間に医学上の相当因果関係が存在することが証明されなければならず、また後者に対する医療効果が十分期待されなければならないと主張し、乙第一四号証には右主張にそう記載があるが、同書証(労働福祉事業団発行、労働省労働基準局労災補償部監修の「労災医療」)は、労災医療行政の放恣な運営を戒める語調を示すところに特色を有するものでこそあれ、その実質においては、当裁判所の前記見解とその見解を異にするものとは認められない。

イ、前掲乙第一、第三、第六各号証、甲第一二号証、証人有田輝久の証言により真正に成立したと認められる甲第二号証の三、成立に争いない乙第一一号証、証人飾森望の証言、原告本人尋問の結果を併せ考えると、原告は前記傷害のため本件事故時より八五日間休業し、昭和四二年四月八日から出勤して電話番などの軽作業に従事し、治ゆ認定当時は深夜勤をのぞき、起重機運転手としての従来の労務に服していたこと、ところが治ゆ時残存していた頭痛、頸部、肩関節の痛みが昭和四四年一月頃から強くなつたため神鋼病院で治療を受け、同年三月頃には佐古外科医院に転医して治療を受けていたが、同年一〇月一日頃には勤務に耐えず同日頃以降二一日間休業したこともあること、そして昭和四六年九月当時は、頭痛、頸、肩のこり、痛み、腕のしびれ感、筋肉の硬結、耳鳴がひどくなり、労務に服することができない状態となり、同月一四日から昭和四七年七月三一日まで休業して東神戸病院、柳筋診療所等へ通院して治療に専念したこと、以上の事実が認められ、更に、前掲乙第三号証、成立に争いのない同第四号証、甲第七号証、証人飾森望の証言、原告本人尋問の結果を併せ考えると、医学上一般に、頭部外傷といわれている患者は多くの場合同時に頸部組織の損傷があると考えられているところ、本件事故による原告の受傷状況からみて、原告にも右事故による頸部組織の損傷が十分考えられること、昭和四六年九月一一日以降の原告の本件現症は、本件事故による右頸より右上肢にわたる頸椎損傷による後遺症と考えられるものであること、一般的に頭頸部外傷については再発することが多いこと、本件現症は年令的なものも考えられないこともないが、年令的なものは右原告の症状の如く急に出るものでないこと、原告は、本件事故による受傷以外には、同事故前およびその後、頭、首、肩などに怪我をしたことはなく、事故時までこれといつた持病もなく通常の健康状態であつたこと、以上の事実が認められる。

ロ、被告は、本件現症が、本件事故による傷病に原因すると考えられる医学的根拠がなく、レ線写真上異常がなく、他覚的に異常所見がないことから、右現症は本件事故による受傷以外の原因による症状である旨主張し、乙第五、第九、第一二、第一三各号証にはこれにそう記載があり、証人伊藤友正は右主張にそう供述をするが、被告は、医師伊藤友正、同折原正美、同大城力造の意見を総合して本件処分をするに至つたこと被告の自陳するものであるところ、証人伊藤友正の証言によると、兵庫労働基準局医員である右医師伊藤友正は、本件現症については、本件事故発生状況も考慮したものの、傷病名として「右肋骨々折、右肩鎖関節脱臼」とのみ記載された関係書面(乙第三号証)と添付レ線写真をもとにして乙第五号証を作成したものであつて、右現症につき、原告の本件事故後のカルテもみていないことが認められ、右の点並びに、成立に争いのない甲第六号証、右証人伊藤友正の証言により、レ線写真上に変化がなく器質的変化を見出し得なくても、医学上頭頸外傷後遺症がないとはいえないと認められる点とに対比すると、前記被告の主張にそう証人伊藤友正の供述部分や乙第五号証は採用し難いところであり、また乙第九、第一二、第一三号証の前記記載部分も、右認定したレ線写真と頭頸外傷後遺症との関係や前掲乙第三、四号証、証人飾森望の証言に照らして直ちに採用できない。

ハ、もつとも、成立に争いのない乙第七号証によると、昭和四四年一月二四日原告を診察した神鋼病院の医師大城力造は、原告の右当時の症状である右肩関節の運動時の疼痛、右上腕二頭筋腱の圧痛を二頭筋腱炎と診断していることが認められ、証人伊藤友正の証言によると、右二頭筋腱炎は、本件事故時からの時間的経過からみて原告の本件事故による受傷と因果関係がない旨証言するが、証人飾森望の証言および成立に争いのない甲第八号証によると、二頭筋腱炎は、症状によつては、外力によつて起る二頭筋腱の皮下断裂と区別がつきにくいのみならず、両者ともむしろ外傷による二頭筋の部分的断裂と考える方が一般的に医学常識的であることが認められ、また同証人の証言に対比すると前記証人伊藤友正の証言部分は直ちに採用できず、他に前イ、の認定を覆えすに足る証拠はない。

ニ、そしてイ、で認定したところによると、原告の本件現症は原告の本件事故による受傷(これが業務上の傷害であることは前第一項の事実から明らかである)が医学上相当程度有力な原因となつていることが認められ、そうすると右両者間には相当因果関係があるというべきである。

ホ、更に、前イで認定した原告の症状の経緯によると、本件現症は、治ゆ認定時の状態に比し、その症状が増悪しているものであると認められ(右認定に反する乙第一二、一三号証の各記載部分は採用できない)、本件現症は、治ゆ後の残存症状、すなわち前記障害補償によつて償われている障害等級第一四級に包含されるべき症状の域を出たものというべきである。

ヘ、次に、前掲乙第三、四号証、成立に争いのない甲第六号証、証人飾森望の証言、原告本人尋問の結果によると、原告の本件現症に対しては、昭和四六年九月東神戸病院の医師飾森望において、対症療法を中心とした極超短波等の物療々法の施行により症状好転を期待し得ると診断し、以後、極超短波を患部に当てたり、頸の牽引を施し、鎮痛剤、鎮静剤等を投与するなどの治療を行つてきたこと、鎮痛剤の投与なども頸部外傷後遺症の場合には必要な治療の一つであること、原告は右の如き治療を少くとも週一、二回の割合で受けてきた結果、前記症状は改善され、昭和四七年八月頃からは曲りなりにも出勤できるようになり、筋肉の硬結も昭和四八年暮には殆んど改善され、現在では、首、肩の痛み、右手のしびれは殆んどなくなる程軽快し、作業もできるようになつたこと、右症状の軽快は、時間的経過も手伝つてはいるが、前記治療の効果でもあること、以上の事実が認められ、右認定したところによると、本件現症は、昭和四六年九月一一日当時治療効果が期待し得るものであつたとみて差支えないものと認められ、右認定に反する乙第五号証、同第九号証、同第一二、一三号証は同認定に供した各証拠に対比し採用できず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

(三)  右(一)、(二)のようにみてくると、昭和四六年九月一一日原告が療養を受けた傷病は、前記再発の要件をすべて充足しているものというべきである。

五、そうすると、右傷病を本件事故による受傷によるものとは認め難くまた再発と認めるべき症状に乏しいとして、原告のなした本件療養補償給付の請求につきこれを不支給とした被告の本件処分は、事実を誤認したものというべきであるから、違法なものとして取消しを免れない。

六、よつて原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、行訴法七条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 乾達彦 武田多喜子 赤西芳文)

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